美術作家の油絵、水彩画、つぶやき、日記etc
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ネット停止
のため中断します。

なかなか存在価値が分からないブログで、やはり自分はネットにはそれほど興味を持てないようです。

今後はインドに行ってかですね、とりあえず、ありがとうございました。

では、生きとし生けるものが幸せでありますように
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新しい自分へ
なにかインドにいく前にイロイロな再開や
新たな出会い、不思議な縁が連鎖的に起こり、

もうこれは、いよいよあの世へいく前の挨拶をさせられているかのように周囲にインド行きを伝えることになってしまった。もう、ここで人生が終わってしまっていっこうに構わない気がする、あっさり死ねれば…。
大げさではなく、さらりと伝えたいのだ、自分はもう疲れましたよという気持ちなんだ。

なにが幸せだったろう、その幸せに虚しさはなかったろうか、どう生きるべきだろう。他の人が求めることが最上か?お金か性か視覚(美)か?もちろん。自分の考える幸せ、それは生と死の融合、その時だったような、死を否定的には見ていないし、近いところに最上の楽園はあった気がする。永遠や変わらないものを求めて永遠であることはない
幸せは以外に殺那的なものだった気がする、

あきらめと絶望と高い壁、増えていくだれにも語れないこと、理解されないこと。
しかし同時に高まっていく、命や人への愛、人が好きでどうしようもない、私を形成させている全ての命を忘れない。

命の輝き ずっと見ていたい そんな気もする

私に有利な命
不利益な命
全てのいきとしいけるものが幸せでありますように

かつて
「君が40まで生きたらすごいもんになる
でもそこまで生きるのは難しいよく生きてるな」なんて一期一会の方に言われたことがあった、ホームレス風の方だったか、
全然意味が分からんかったが、なんとなく意味深だな、
今は妙に人前で明るく話せる、心から自分の前にいる人の神秘に幸せを感じる、感動しまごついている新しい自分、とても新鮮な気持ちなんだ。
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必死、必ず生きるなり
必死必ず生きるなり

だったか

必死それすなわち生きるなり

だったか、武士の一分で緒形拳がいってました。
これは、自分に当てはめた時、非常にしっくりくるものがあります。求めているうちは得られない、心の底からもうどっちでもいいよ、という時に気づいたら手に入っていた感じがします。

だからなにか結果を得ようとした時、心の底からいらないと思えた時に限って手に入ります。そしてそれは、その人間がこれ以上高みに登らないようにするための巧妙なワナであると考えてしまいます。それで必死を辞めてしまうからです。

だからこの理論からいうとお金が心からいらないと思えたら、お金が集まってきそうですよね、この理論は普通はなかなか到達できない高みにあると思いますが、たぶん当たってそうな気がします。
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私はいらない
ノロノロ歩き

めそめそ泣き

弱く 悲しく

四苦八苦な我が人生


強い人に弱さを見

家族ある人に孤独を感じ
お金がある人に苦労が透けて

人生はなんと虚しいのだろう

どこに行っても

それぞれのエゴが見えるだけ

いらない

どうしてなんにもないではなかったか

幸せもなく

悲しみなく

孤独なく

夢なく

なにも求めず

なにもせず

私の命を脅かすものすら愛してしまう

私を俯瞰するもう1人の私

私のエゴを彼に同化させ、悟りへの道を求道する。
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死にたくない
死にたくない

死にたくないと嘆くなら
命をとることを辞めればいい

その人は飢えて死ぬだろう

命をとるからそれが返ってきて自分の命をとるのだ

命は命を殺すことでしか生きられない

それが輪廻ではないか

なくなる命を嘆くのは自分ではなく

周りの人だけでいい

それは今までの命を清算すること

死も、敵も、味方も悪くもなく良くもない
すべて自らがまいた種

今日も支える多くの屍の上に文明があり あること 起こったこと 戦争 感動 死もすべて正しい

起こるべきことだけがおこる
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